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須磨寺ものがたり

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パラドックスとパラダイム

2008/12/04 10:06
さすがに師走ともなると、
荷物の量が多いのか、
待っている物がなかなか到着しない。

アマゾンで購入したので、
伝票ナンバーで追跡すると、
配達途中だと記させれていた。

待ち切れずに、
ペリカン便に電話をすると、
ドライバーが持って出ており、
午後7時近くに到着と告げられた。

これは、ヤバイ!
その時間に、食事の予約をいれてあるので、
再度、少しでも早くとお願いした。
電話の甲斐があってか、
6時半ごろに着いた。

ドライバーによると、12月に入った途端に、
荷物が急に増えだしたそうです。

待ちに待ったグッズは、「電子手帳」。

今、夏目漱石の「吾輩は猫である」を読み始めていて、
(読み終わる予定は、未定である)
名前はない主人公の猫の主が、
やたら飽きやすい性格と書かれてある。

それを読んで記憶に新しく、
なんだか自分のことのようだと思っていた。

前からほしいと思っていたが、
すぐに電子辞書をそこらに置きっぱなし、
何てことになりがちだから、
慎重をきしていた。

アマゾンのカスタマーレビューを読み、
この価格なら、使い勝手の良さなどを、
参考に購入を決めた。

実際に、手にして使い勝手もいいし、
私のようなシニアーにはこれで十分。

早速、いつも混同する、
パラドックスとパラダイムを引いてみる。

パラドックス・・paradox、逆説
パラダイム・・paradigm、理論的枠組、方法論、対応策
と、このように検索できた。

60の手習いとしては、順調な滑り出し。
これでいちいち、PCを立ち上げて、
ヤフー辞書のお世話になる手間がはぶける。

本を読んでいてすぐにその言葉の意味を知りたいときに、
すぐ調べておくことが大切。
そういえば、疑問を出来るだけ持ち越さないようにと、
茂木さんがいっていたよなあ。

これで師走に楽しみが、一つ増えました。

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パラドックス・・paradox、逆説
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パラダイム・・paradigm、理論的枠組、方法論、対応策
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挑み続ける者に、限界はない 騎手・武 豊

2008/12/03 11:02
10月のパリ、ロンシャン競馬場に一人のジョッキーがいる。
天才騎手とよばれ、幾多の歴史を塗り替えてきた男が、
果敢に海外へと、自身の活動の場を求める。

その男、騎手・武 豊が、
NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」に、
出演し、穏やかな笑顔の影に、
並々ならぬ闘志をみせ熱く語る。

常に泰然自若、自分というものをしっかりと持ち、
周りの自分への評価をあまり気にしていない。

自分は、その時出来る限りの最高のパフォーマンスを、
心がけた結果なので、それは真摯に受け止めている。

騎手・武 豊は、17才でデビュー後間もなく、
頂点へ、海外にその活躍の場をもとめるが、
あの騎乗では、勝てないと酷評される。

それでも挑戦をやめようとしない、武。
「もっといい、騎手になる」という、
思いを常に、高みを目指している。

そんなとき、武は馬の邪魔をしない、
馬は何もわからない、
一番いい状態に馬を導いてやるのが、
いい騎手の条件だと考えている。

だから、出来るだけ馬に負担をかけないように、
自分の精神的な不安を与えないように、
武は常に心がける。

小さなことをきっちりやる、
背筋をのばし、あぶみに足をのせる。

走るのは馬、主役は馬である。

海外に行く時も武は、
常に自分の体重のコントロールに気をつけている。
今も、体重は51キロを維持している。

残念ながらパリの成績は、7着。
超一流といわれる騎手でも、勝率は2割ほど。
殆どのレースに負けている。

その圧倒的に多い負けを無駄にしない、
それが武が、人より勝てる要因なのだ。

自分の終わったレース後の分析を行い、
必ず次に繋げられるに努力を怠らない。

そんな武だから、中央競馬界で、
只一人3000勝を超えている。
その何倍の負けを克服したから。

初対面の馬の目をみて、馬の性格を見る。
武の哲学、馬の邪魔をしない、
「馬の意志で動く」。

それが、ぴったりとはまったときは、
馬に乗っている感覚を忘れている。
地面を踏んでいるようだと、武は話す。

武は、25才の時から自費で海外のレースに挑戦してきた。
「凱旋門賞」、結果6着、地元メディアに酷評される。

それでも、高みを求める武は、
あえて厳しい海外に挑戦をする。

35才で当時最強馬といわれたディープインパクトを駆って、
凱旋門賞に挑戦、高まる期待を背に武は果敢に攻めた。

結果は、一着にはなれなかった。
レース後、足りない面があったと武は考える。
いろんな事を思った。

それからも凱旋門賞に挑戦しつづけ、
今回は、「メイショウサムソン」に騎乗。
挑戦者として、パリに入った。

4回目のチャレンジ
「いつも通りにやる」と、
武は静かな闘志を燃やす。

結果は、10着今年の武の凱旋門の挑戦は終わった。
残念に感じてはいるが、決して諦めてはいない。

いつか超えられる。
挑戦し続けていないといけない。
いつかは勝つというのが、武のエネルギーとなっている。

武は、先日のレースで落馬し腕を骨折、
年内復帰を目指している。

いつも自分を冷静に保ち、
結果は結果として受け入れ、
諦めない気持ちを切らさず、
高みを目指す武。

一日も早い、レースへの復帰を願う。







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微睡みの時を過ごすには

2008/12/02 10:17
須磨の海岸線を走る車窓から、
海を眺めると、
師走にしては穏やかな日差しが、
水面に映り、ゆらぎの世界を魅せていた。

目の前に広がる海を、
ぼんやりと見ているだけで心が癒される。

海側の席に座った人が、
顔に差す光がまぶしく、
光よけのシェードを下ろす。

電車の中は、絶好の居眠りモード。
前に座った女性が、携帯だけはなにがあっても離すまいと、
ギュッと握りしめて、コックリ、コックリ。

「ひねもすのたりのたりかな」、
そんな感じの時間の流れ。

微睡みの時を過ごすには、
絶好の日和であった。

私は、直ぐに降りなければならなかったので残念です。

無意識の世界は、人間を解放する。

目が覚めた時、自分は今までどんな格好だったろうと、
思い出すと恥ずかしくなるときもある。

ハッと、気が付く瞬間、
ちょっとタイムラグがあり、我にかえる。
電車の中で時折、体感する。

何の文脈もない人間どおしが乗り合わせる電車。
人の表情を見ているだけでも、
結構面白いものである。

海の穏やかなゆらぎは、
クオリアの世界。

わずか10分ほどの間だが、
普段味わえない時間を過ごした。

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茂木健一郎の脳科学講義

2008/12/01 09:17
「茂木健一郎の脳科学講義」は、
脳科学者・茂木健一郎さんに、
聞き手として歌田明弘さんが、
鋭く切り込む形で質問し、
講義が進行していく。

歌田明弘さんを茂木さんは、
IT関連情報に造詣が深く、
ジャーナリスティックな感覚が鋭い人と、
解説をされている。

歌田さんの質問が、適格で鋭く、
時にユーモアを交え、
その分、読み手として楽しくむことが出来る。

脳科学を専門的に掘り下げているが、
その中でも私のような素人でも取り組みやすように、
ただし質を下げずに話しているのは、
茂木健一郎さんの著書を読んできて常に感じることです。

興味深く感じたポイントを少しだけ上げます。

ダニエル・ゴールドマンなどによって、
EQということがさかんにいわれるようになりましたね。

IQじゃなくてEQが高いのがすぐれた人なんだというわけですけれど、
現代の脳科学の視点からするとあたりまえのことなんですよ。
・・本文より

EQとは、Emotional Quotient、
心の知能指数とか情動指数と訳されている。
・・本書・解説文より

これを読んで、小林秀雄もいうように感受性が大事だと、
CDでいっているのと、符合すると感じた。

そして茂木さんは、このようにもいっている。

われわれの感情は不確実性にうまく対処するために進化してきているわけですね。
「かならず成功するかどうかはわからない。
けれどもそれをやってみよう」と思うのは直感、つまり情動系の働きです。

人生はその動きのよしあいで決まっちゃいますよね。
だからEQが重要というのはあたりまえなんです。
・・本文より

茂木さんのよくいう、
「根拠のない自信」は大事というのを思い浮かべる。

読み終えて付箋がたくさんついているのに、
つけた自分が驚いている。

それだけ、記憶にとどめたいポイントが多い。

「茂木健一郎の脳科学講義」が、
新たに大事にしたい一冊に加わった。
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ボクらの時代 松本幸四郎×市川染五郎×松たか子〜後編

2008/11/30 09:51
先週に引き続き、松本幸四郎と、その子供である、
市川染五郎と松たか子の鼎談(ていだん)が、
繰り広げられた。

鼎談(ていだん)って?という、
染五郎の問いに、父幸四郎は、
3人が向き合って話し合うことと、説明する。

普段、どこの家庭でもそうだろうが、
いざ向き合って親子が話をすることは、
あまりないように思う。

幸四郎一家も同じ。

父、幸四郎はいじめられっ子だった自分が、
子供がいることが奇跡といい、
幸せと感じている。

はたして、松たか子は結婚して、
家で料理をしているのか?

本人の弁によると、やっているという。
得意料理は、「牛すじの煮込み」

松の料理を食べたことのある、
二人は、少し松の料理には不安をいだく。

本人は、生きていける最低限の料理はしているという、
どんな料理をしているのでしょうか。

何もなかった時代に育った幸四郎、
食糧はもちろんのこと、祖父の姿を映したものが、
殆ど映像としてないと、語る。

幸四郎は、舞台での芝居は、
一瞬、一瞬を永遠にしたいと願う。

今の時代、資料として歌舞伎が全て残っていく。
松は、あることによって創造することに、
影響があるのではと、危惧する。

女優像について、幸四郎は最近の若手の女優は、
きれいに演技するが、チャーミングさに欠けるという。
例えば、オードリー・ヘップバーンのような人がいない。

幸四郎は、PCを使わないそうだが、
機械に使われるのはどうかと、
疑問をもっている。

それと、自分に孫が出来たというのも、奇跡だという。
染五郎の子供は、2才で初舞台に、
ところがある日でるのを拒んだ。

それを父染五郎は、叱ったという。
次に日からそれを反省し子供はまた舞台にたったという。

父染五郎は、その姿に勇気をもらった。
只、父として昼寝の時間に子供を、
起こさないといけないのが苦しいともらす。

芸を引き継ぐことは、大変なことです。

幸四郎は市川染五郎と松たか子にいう。
俳優の夫婦は、パートナー、
互いに勇気を与えあう存在だと。

親子関係が今後希薄になっても、
俳優として二人が成長し、
競争相手となってくれることを願っている。

親子であっても、
互いを認め合うことができている、
幸四郎親子を見ていると伝わってくる。

私の姉の結婚式に叔父が贈ってくれた言葉。
武者小路実篤の言葉を引用し、
「仲良きことは美しき哉」。

今でも印象深く残っている。



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はやとちりには、気をつけよう

2008/11/29 11:53
弊店に来店されたお客様とのやりとりで、
こう言いたいのだろうと、察したのが全く逆の意味であった。
私は、勘違いをしてしまった。

弊店では、緑茶の友に「お茶菓子」を、
店頭に置いています、

昨日のこと、初めての年配のお客様がある煎餅を指差し、
「これ硬い?」
「いいえ、硬くないから大丈夫ですよ」
「ええ、硬ないんの?」と、怪訝な顔をされた。

うん、どうもいつものパターンと違うな。

年配のお客様の大半が、
「歯が悪いから、硬いのあかんねん」と、
そう言われるので、そんなに硬くないで、
納得してもらえるのにと、私は不思議な感じでいた。

次のお客様の言葉で、
話の行き違いがどこにあるかがわかった。

「私、硬いほうが好きやねん、
歯は丈夫やねん」と、胸をはっていった。

それを聞いて、私は合点がいった。

そうなんだ!
そのお客様は歯が丈夫で、
ちょっとその事が、自慢なんだ。

なるほど、勝手に相手の方の歯が、
あまり丈夫ではないと、思い込んでいた。

マイナーな存在ながらも、
硬いものを求められる年配者もいる。
認識不足でした。

その後、無事お買い上げとなった。
お客様が帰られたあと、
家内と顔をみあって、
よくよく人の話は、
聞いてみるものだと反省をした。

河合隼男さんがカウンセリングにあたって、
十分に相手の話を聞くようにしていると、
言っておられたのを思い出した。

他人(ひと)の思いを察することは、大変難しい。
そこは、想像の世界でしかないので、
行き違いをおこしやすい。

いろんなお客様がいらっしゃいます。
はやとちりには、気をつけよう!

何気ない会話の中で一つ勉強させてもらった。


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ファウスト ゲーテ 訳・池内紀

2008/11/28 10:50
日常の雑事が一段落し、
ストップしたままの本をまた読み始め、
ようやく「ファウスト」 ゲーテ、訳・池内紀
第一部、二部ともに読み終えた。

第一部を読み始めて、
今まで読んでいたいわゆる小説とは違い、
劇を描いている点に戸惑いを感じ、
なかなか文脈をつかめなかった。

それでも第一部は、比較的スムーズに読み終えたが、
第二部に入ると、内容が登場人物を含め、
入り組んでおりなかなか前に進めなかった。

うまく自分の中で整理できず、
足踏み状態が続いた。

とりあえず諦めずに読み終えようと、
時間を気にせずゆっくり読むことにした。

読み終えて池内さんの解説を読み、
内容を今一度確認すると、
少しづつ理解が進む。

「カラマーゾフの兄弟」を読んだ時にも感じたが、
宗教的な背景や、歴史といったものを知っていないと、
特に西欧の作品を理解するのは、大変です。

今回の「ファウスト」においても、
またしても同じ壁に阻まれた。

誰にでもある、欲望。
異性への欲望や、
金銭に対する欲望を、
一時的に手にするファウスト。

しかし、結果的には主人公「ファウスト」は、
人生の最後をはかなく終えてしまう。

欲望が対象物を運び、
欲望がそれらを運びさる、
そんな様をこの作品を通して改めて知ることとなる。

印象的だったのは、第二部で描かれている、
「賢者の石」、すなわち石も金に換えるという、
錬金術に身を落としていくのが描かれている点。

今、まさに世界的な金融恐慌の根源と、
通うじるものを見て、
いつの時代にもおこっているんだと、
改めて認識した。

拝金主義に走るのは考えものである。

私にとっては、ハードワークとなった、
ゲーテの「ファウスト」も、
一度そのバーを超えると、
ある種の快感が待っている。

ドーパミンが私の脳に漂う瞬間を体感する。
これがあるから、挫折しそうになっても、
読み切ることが出来る。


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人生いろんな選択肢があっても

2008/11/27 10:17
昨日、表彰式に参列するという、
私はめったにない経験をさせえてもらった。
仲間のNPO法人のKさんの運転する車で会場入りをする。

既に会場には、受賞団体の方はじめ、
関係者の方が座っておられ、
雰囲気的に私達が最後の入場者のようだった。

授賞式は式次第にのっとり滞りなく終わり、
記念撮影を済ませる。

その後、読売新聞の記者から、
受賞のコメントを求められたので、
簡単に話をすることにした。

「あしたのまち・くらしづくり活動賞」の「優秀賞」を、
明日の兵庫を創る生活運動協議会より、
須磨寺前商店街が団体として表彰された。

長年積み重ねた地道な地域活動が評価されたのが、
大変ありがたいことで、継続は力なりということを、
支えてくださいました。

会場での来賓の御挨拶のキーワードは、
「友愛」「思いやり」など、
みなさん熱く語っておられた。

長年いろんな活動に携わってこられた方たちが、
紆余曲折をへて今日があると話をされていた。

ああ、私達だけでなくみなさん同じような思いを経験されていると、
そう感じながらお話を聞いておりました。

午後からのパネルディスカッションを終え、
無事、その日の行事は終了した。

帰りの道すがら、同伴者のKさんと話をする。
Kさんは、まだ30代。

その会場のある地域の高校に通っていたが、
ドロップアウトしたようです。

それから、大検を受け大学に合格、
無事卒業し、一旦某証券会社に就職するが、
目指すものと違ったらしくやめた。

その後、現在のNPO法人の活動に参画し、
今や毎日夜遅くまで働く毎日です。

ギャップイヤーを経験し、
今は自分の方向性を見定めているように思う。

彼との会話の中で、それまでの過程はなんら問題ではなく、
今現在何をし、これからどうしたいかがあるかどうか。
それに何年かかったとしても、
それはそれでいいと思うと、 話し合った。

私自身のことで言うと、60歳を境にして、
こういうことをしておくべきだと、
気づきを得たような次第です。

どのタイミングが、ベストというのはなくて、
ベターはありかもしれないが、
人生いろんな選択肢があってもいいのではないでしょうか。

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やや緊張しながら賞状の文言を聴いております
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有難う、ホープフルモンスターたち

2008/11/26 09:25
店の奥にはいっていた時、
店先に目をやると少し緊張した子供たちが、
何やら大きな封筒を持って立っている。

私には、用件の察しはついていたが、
ここは、ちゃんと聞いてみようと、
子供たちの一言を待つことにした。

「私達は、西須磨小学校3年生の〜と〜です。
この間は、弟子入りさせてくいただきありがとうございました。
お礼の手紙を書いてきました。読んでください!」
と、そんな内容のことを間違えずにちゃんと伝えてくれた。

言い終えると、ほっとしたようで、
「ありがとう、読ませてもらいます」と、
返事をすると、少し表情を緩め店を出ていく。

彼らは、先日須磨寺前商店街に「西須磨マイスターをさがせ」の一環で、
自分たちが決めた店に弟子入りをするという企画でやってきた。

早速、手紙を読んでみることに。
弊店「茶の森園」に弟子入りした6人は、
どんな感想をきかせてくれるのか?

ちょっと私も開封するのに緊張しました。

6通の手紙と、
去年にはなかった新聞がはいっており、
3人の子供たちが、
それぞれに発行してくれていた。

みんなちゃんと文章としてまとまっており、
しっかりと練って書いたようで、
子どもたちの苦労が感じられる。

私が、弟子たちに教えた「お茶の入れ方」を、
自分たちの家に帰って、実践したようだ。

丁寧にゆっくりと入れるようにというポイントを、
しっかりと学びとり、家ではその成果を発揮している。

さすが、我が弟子たちよ!
教えた甲斐があったというもの。

真剣に子供たちに向き合った私の気持ちが、
子供たちに素直にいきわたったのは、
何事にも代えがたく、嬉しいことです。

いつの日か、彼らが成長し、
思い出話として残してくれればなおいい。

相手がこどもであろうと、
正面から向き合ってやる、
そうすれば、気持ちは通じるものです。

後から、担当の先生がわざわざ子供たちの様子を、
確認に来られ、丁寧なお礼の言葉を受けた。

やってよかった、やらせてもらってよかった、
来年もまた「西須磨マイスター」に認定され、
弟子を受け入れられるように、
これからも、精進していこう。

有難う、ホープフルモンスターたち!

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知らないことを知る楽しさを

2008/11/25 11:01
茂木さんのクオリア日記に、
白洲信哉ブログ」が紹介されており、
早速「お気に入り・ブログ」に入れ、訪問する。
週刊ポストに随分以前から連載されていたようで、
そのことを知り、購入し読んでみると、これが楽しい。

「酉の市」の事についての話から、
日本の神様についての記述が、
わかり易くされている。

日本の神様はある意味便利な神様で、
いろんなものに変化し、
呼ばれればどこえでも出かけていく。

言い換えるなら神威の大きな神様ほど、
古来、頼りにされていたのだった。

中略
神様がお一人というのはあまりなく、
いろんな場所から勧請しているが普通なのだ。
国全体に神様がどこにでも仲良く同居しているのである。
・・週刊ポスト「白洲信哉・ニッポンの流儀」記事本文より引用

勧請(かんじょう)とは、
名](スル)1 神仏の来臨や神託を祈り願うこと。
また、高僧などを懇請して迎えること。
2 神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること。
「熊野権現(くまのごんげん)を―する」
・・ヤフー辞書より

そういえば、10月には出雲大社に、
日本中の神様が集まり、
「神無月」といわれますよね。

地元では、「神存月」となると、
確か、白洲信哉さんの著書「白洲正子の宿題」に、
書いてあったように記憶している。

「酉の市」は、商売繁盛を願って11月の酉の日に、
開かれるそうで、師走前の風物詩なんですね。

私の住む関西では、「えべっさん」といって、
1月9,10,11の3日間、商売繁盛を願って、
大勢の人がお参りされるが、私もその一人である。

特に、最近では西宮神社の一番札を、
求めて神社の開門と同時に、
走り抜け、一番札を争奪する風景が中継されたりする。

酉の市に出てくる大鷲(おおとり)神社の本社は、
大阪・堺市の大鳥神社で、御祭神は倭建命である。
・・記事本文より

堺といえば、私事で恐縮ですが、
私の家内の実家が堺なので、
その神社の存在は知っていた。

堺つながりの話をもう一つ。
私達が引っ越しをしなければいけなくなり、
そしたら、ある神社を教えられた。

それが、堺市にある「方違神社」である。
家内の実家からそう遠くなく、
家内の甥の車で出かけた。

私達は、お祓いを受け、
お札をいただき、現在も祭っています。

いろんな事を思い出し、
なんだか懐かしく、家内と話の花が咲いた。

白洲さんの記事を読み、
知らないことを知る楽しさを味わう。





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異次元の世界に

2008/11/24 10:52
一昨日22日(土曜日)に源氏物語・千年紀にちなんだ、
兵庫県無形文化財「須磨琴」の会を、
聴きに行ってきました。

会場となった大本山須磨寺・青葉殿(しょうようでん)には、
400名近い方が詰めかけ、
熱心に須磨琴の演奏に聴き入っていた。

まず、最初に須磨寺貫主・小池弘三様まじめ、
2人の僧侶による、声明(しょうみょう)と呼ばれる、
歌い上げるようなお経を唱えたのを聴き、
異次元の世界に引き込まれた。

声明(しょうみょう)とは日本の伝統音楽の一つ。
仏典に節をつけたもので儀礼に用いられる宗教音楽である。
・・ウイッキペディアより

その声明とコラボして、
12人の女性による須磨琴の演奏が行われた。

一本の弦が演奏者と一体となり、
低音域の弦によりリズムをとり、
中高音で音色を表現する簡素な音の世界に魅了される。

詞 松尾芭蕉、与謝蕪村
曲 前田和男
「須磨の秋」
須磨寺や ふかぬ笛きく 木下闇
笛の音に 波もよりくる 須磨の秋

続いて在原行平の詞、曲は不詳
「須磨」
わくらばに 問う人あらば 須磨の浦に
もしほたれつつ わぶとこたへよ

と、小池美代子さん(総師範)たちによる、
光源氏のモデルといわれる行平の心情を、
表現した琴の演奏があり、
源氏物語「須磨の巻」の抜粋が朗読され、
解説が行われた。

こんな歌を行平は詠ったと言われている。
見る程ぞ しばし慰む
めぐりあはむ 月の都は はるかなれども

今、須磨の地にいるが、
こころは、いつも都を思いやっていた、
行平の気持ちがよくあらわされている。

須磨は月の名所として、多くの歌の題として、
幾多の歌人によって詠まれている。

その後も須磨琴の演奏があり、
圧巻だったのが、横笛の演奏であった。

静まりかえった会場に横笛の高い響きが、
その場の空気を一変し、
気分を高揚させる音色にしばし聴き入った。

会場の入口付近から歩きながら、
舞台前の特設の檀上まで笛を吹き、
檀上にあがり、今度は少し長めの笛に持ちかえ吹きつづけた。

それまでの高音域の音色にかわり、
穏やかな中低音の音の世界が繰り広げられた。

固唾を呑んで聴くとは、このような状態なんだと実感させられた。

最後は、「明石の曲」・・曲・眞鍋 豊平
が、演奏され無事お開きとなった。

普段、経験することのない異空間を、
味わい会場を後にする人々の顔が、
穏やかな表情に包まれていたのが印象的であった。

昨日、小池美代子氏より私あてにお礼の電話をいただき、
恐縮しております。

大勢の地元の人が、須磨琴を聴きにいかれたことを、
大変、小池さんは喜んでおられた。

むしろ、感謝すべきはこちらのほうである。
殺伐とした空気感の日常から、
心癒す幽玄の世界に誘ってもらたんだから。

それにしても、一つの会を催すのは大変御苦労があったろうと、
推察しております。

伝統文化を伝承するのは、並大抵のことではない。
この度の会に携わった人たちに、お疲れ様と申し上げたい。

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ボクらの時代 松本幸四郎×松たか子×市川染五郎 〜前篇〜

2008/11/23 11:05
フジTV「ボクらの時代」で、
松本幸四郎、市川染五郎、松たか子が登場し、
親子の鼎談が繰り広げられた。

父、松本幸四郎、歌舞伎役者にて、
ブロードウェイ・ミュージカルの世界でも大活躍、
長男は、七代目市川染五郎 、
次女松たか子は、女優であり歌手でもある。

父幸四郎は、親子として会う機会は多いが、
それが心の交流があることに比例するかどうかは、
わからないとしながら、親子の会話が以前より楽しくなったという。

長女紀保(女優)の子育ては、父として殆ど携わっておらず、
仕事にかまけて、母親に任せっきりであった。

幸四郎は、3歳で初舞台を踏んでいるが、
いやいややっていたそうで、
小・中学校時代は、白粉が拭き取りきれず、
それをネタにいじめられた思い出を話す。

染五郎も、一時期歌舞伎の世界から、逃げようと思った。
自分の存在価値に疑問を感じて。
しかし、両親にも相談し、好きだから悩む、
だったらどこまでも出来ると考えるようになった。

松たか子は、少し違っていて、
余りお芝居に興味がなく、
幼稚園時代も主役への執着心はなかったと話す。

本が好きだった。
芝居の世界はその世界の現場で勉強している。

父幸四郎は、子供から親にしてもらったという。
幸四郎の父に親孝行はしようと思った時に、
すればいいと聞かされていた。

松たか子は、人との関わりあいで何があってもおかしくない。
結婚もしかり、うまくいくいかないもあるだろうと考えている。

子供の結婚について。
幸四郎は、娘は嫁に行かないものと思っていた。
が、しかし松は音楽家の佐藤と結婚した。
花嫁の父としては、佐藤のアーティストとして、
人間として認めるべきものがあると思っている。

幸四郎は、二人に互いに磨き合い、
切磋琢磨しようと、夫婦であっても親子であってもという。

松は、結婚してもうひとがんばりしようと、
考えるようになった。我が家のため、自分のため。

互いに仕事をしている、松たか子と佐藤。
松は、舞台の仕事は残らない、
佐藤の仕事は結果が残っていく仕事、
それぞれの違いをわかりあっているようだ。

染五郎も、結婚により頑張れた。
結婚したからと言われたくなかったと考えを述べた。

松は、人は幾度となく決断する、間違っても仕方がない。
一度きりかもしれない、誰かが決めなければならいから。

染五郎、松ともに、仕事をやめるという選択肢はないようだ。

幸四郎は、結婚のきっかけを「もういいか」という感じで、
決めたようなものだという。

不謹慎かもしれない、昔紙一重といわれていたらしい。
奥さん、子供から常識をならい、非常識を教えたと笑う。

鼎談(ていだん)とは、
3人が向かい合って話すことを言う。
その環境を本当に楽しんでいる親子。

3人ともにいい年の重ね方をしており、
尊敬と信頼が互いの関係を結びつけいる。







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母への感謝の日

2008/11/22 12:27
今日、ご近所の方からの、
50回忌法要の粗供養の納品を済ませた。
「50回忌」かと、思いを巡らせ、
自分の母親のことを思い浮かべる。

私の母は、私が中学3年生の時に亡くなっているので、
33回忌はとっくに終わり、
3年後ぐらいには、50回忌を迎える。

そうなんだ、そろそろ50年が経とうとしている。

よくぞ、ここまで生かしてくれました。
あんなに母に甘えてばかりいた私が、
母親の50回忌を近年に迎えようとは。

最近よく「生かされている」という文言に出会う。
その通りだと、60歳を過ぎ余計に感じるようになった。
人に生かされ(活かされ)、社会にも。

母は、私をずっと見守っていてくれたんだと感謝している。

そんな事を考えながら、表の通りに目をやる。
今日は、じつにいいお天気。

須磨寺前商店街を散策に訪れた人たちが、
気持ち良さそうに歩いている。

「今日は、いいお天気やね」と、
何気ない会話を交わしている。

「歩き」をされている人たちは、
私より年を重ねた人が、結構いて、
皆さん元気で穏やかな顔をしている。

私も、あの人たちに負けないようにがんばろう!
母の50回忌は、母への感謝の日。
無事務められるように、元気でいよう。

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なんだか得した気分

2008/11/21 11:21
昨日、今日、須磨寺はお大師さんの日。
それにしても、昨日は寒かったなあ。
しかし、今日は少し気温は上がったので随分とましである。
そんな朝、元気の出る一言を聞く。

「お大師さん」の日は、須磨寺前商店街のお店以外に、
露天商のお店がたくさん出ている。
弊店の隣は、傘屋さん、大人気のお店である。

今朝も店の準備に追われ、
その途中で、「モーニングに行ってくるは」と、
さっさと近くの喫茶店に走り込んだ。

「ええ、荷物はどうするん?」
「ああ、良かったら持って帰ってもろて!」
と、冗談まじりに言い放った。

傘屋さんは、笑いどばして疾風怒濤のごとく去って行った。
その威勢の良さに私達夫婦もつられるように、
大笑いをしてしまった。

見ていると、向えの電気屋さんのお店のひとも、
ニコニコしながら、傘屋さんの方を見やっていた。

「笑い」があることは、
人を元気にするものである。

最近は、負のスパイラル現象が続き、
いいことはあまりないけど、
「笑い飛ばし」を一発やっておくと結構いいものである。
ポジティブな気分になってくるから不思議。

傘屋さんの「笑い飛ばし」に、
ひっぱられ元気なスタートとなった一日、
なんだか得した気分である。
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正面から向き合うことが

2008/11/20 09:36
11/19付産経新聞朝刊「産経抄」に、
敗れたマケイン上院議員が、次期大統領オバマ大統領を訪問し、
「新たな改革の時代」を切り開こうと、
超党派の協力を誓い合ったと報じている。

両陣営は、激しい中傷合戦を繰り広げていたが、
戦い終わればノーサイド。
敗軍の将・マケイン氏が、
私情よりも国家を優先してオバマ氏の本拠地を訪ねて新政権に協力を約束した姿は、感動的ですらある。
・・記事本文より引用

この記事を読んで、この事実がアメリカだけのことではなく、
今、日本において当たり前のごとく、
我々の目にふれるところで、超党派で協力してほしいと思う。

足のひっぱりあいを見るのは、
いかにも見苦しい。

記事にも書かれてあったが、
堂々と国会において党首討論を繰り広げてほしい。

本当に日本の国の舵取りをどうしようとしているのか、
何を最も優先に考えているのか、
徹底的に討論し、納得のいく形をしめしてほしい。

国と向き合う、政治と向き合う、国民と向き合う、
正面から向き合うことが、今すっかりと忘れ去られている。

自己の利益追求に奔走するのではなく、
「和をもって尊しとなす」の精神が大切だと思う。


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介護は、ファンタジー 認知症介護・大谷るみ子

2008/11/19 11:19
ちょっとだけ発想を変えれば、
介護の世界は、変わる。
介護はファンタジーと笑顔で語る女性がいる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
認知症介護にかける一人の女性、大谷るみ子が登場した。
大谷は、福岡県の大牟田でグループ介護施設ホーム長として、
介護のスタッフを束ねる。

常に笑顔を絶やさず、
認知症の方に寄り添い、
徘徊、暴言は認知症の人々のシグナル、
心の訴えだと、大谷は受け止める。

一番困っているのは、認知症の人自身と、
そう認識する大谷は、感じる心は残っており、
「心は生きている」と、優しく手を差し伸べる。

大谷は、認知症の方に向き合うとき、
「相手の方の世界にお邪魔する」、
そういうスタンスを常に持つ。

「あなたは大切な人」、
大谷はいつも認知症の方の話を聴き、
その人の過去のなんであるかを理解しようとする。

介護の世界では、地域との触れ合い、
地域の人の協力が不可欠であり、
認知症の人は、社会の一員だという考えである。

大谷がグループ介護の世界を知ったのは、
介護の世界の先進国「スエーデン」に、
38才の時、単身渡り、目の当たりに見たものは、
グループで認知症方の介護にあたる姿であった。

大谷はどんな状況であろうと、
決して逃げることはしなかった。
それは、今現在も。

認知症の方を一人の人間として、
その尊厳を認める大谷は、
「人は皆、それぞれ人生のリュックを背負っている」と、
考え、その中身を見ないとサポート出来ないという。

人が変わってしまうわけではない、
病気がそうさせる、そう訴える。

大谷の元に入ってきた新人の介護士がいる。
初めての夜勤に挑み、必死で頑張るが、
認知症の方との距離を詰め切れない。
相手の気持ちを掴めないでいる。

「自分がバタバタさせている」と、
先輩の介護士にアドバイスを受ける。

認知症の方に向きあうという基本姿勢を再認識し
「心と向き合うのが仕事」だと、大谷は、考える。
一人の夜勤を乗り切った新人の介護士。

向き合えば、見えない心が見えてくる。
こころは、生きている、大谷はそう信じる。

常に人は態度、言葉で自分を表し、
それをどうくみ取っていけるかは、
その人にどう向き合っているかに関わる。

人に対する接し方を、根幹的に考えさせられた。








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考えが煮詰まったときは

2008/11/18 10:51
数学者の秋山仁さんが、
今朝の産経新聞の朝刊に、
「発想の転換で常識を覆す」という、
記事を書いている。

落語家の立川志の輔さんの話を引用している。
落語の枕に、「会いたい人」の一人として、
エアコンの騒音の解消するアイディアを考えた、
某電気メーカーの人の話をしている。

どうやってもうまくいかない、
騒音対策に悩んでいたエアコンの技術人たちに、
そのAさんが、「それなら、逆に音をだせばいいんじゃないか」と、
一言いったそうです。

「ええ、何をいっているんだ」と、技術者たち。

秋山さんの説明によると、
Aさんの考えは、音をだす波形と、
逆の波形を出す音をだし、
「音を出して、音を消す」という、
発想だと説明があった。

そのことがきっかけで、
エアコンの騒音解消技術は開発されたそうです。

考えが煮詰まったときは、
発想の転換をしてみることも大切と、
秋山さんは、助言する。

最近、弊店ではウインドウのディスプレイを変えた。
ずっと、悩みに悩んでいたスペースだった。

新しいアイテムを投入しようと、
目星をつけ仕入れることにした。

しかし、どう打ち出したらいいか悩んでいた。
仕入先の方に相談し、ウインドウを見てもらった。

そうしたら、一言「棚を今より、何段か下げ、
もっと上から見えるように、
目線を下げた方が、商品が見やすくなる」と助言をもらった。

早速、やってみることにした。
なるほど納得、一般的な背丈の女性でも、
十分に見ていただける。

ちょっとした工夫だった。
そこから、新たなアイディアが生まれ、
弊店のウィンドウは生まれ変わった。

最近では、具体的に反応も出るようになり、
家内ともども、新たな挑戦をしてよかったと思っている。

考えに詰まったときに、
何気ない一言に気づきを得ることがある。

ずっと、考え続けていれば、
どこかにヒントが見つかる。

諦めないで、ひつこいぐらい追及し、
オフタイムを自分の脳に持ち込む。

そう再確認した。



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まだ、まだ、かかるで

2008/11/17 10:59
朝から抹茶を挽く機械を動かす。
その音が擬音では、
表現しずらい、「ガー」「ギー」いろいろに聞こえる。

抹茶の元である碾茶(てんちゃ)を、
石臼で挽くのですが、
一時間に30〜40g位しか出来ません。

朝9時頃に機械を動かし、
午後5頃止める。

そのあと、金網状のとおしで、
振いにかけ缶に詰め替えます。

その作業をした日は、
あちこちに抹茶の微粉が飛んでおり、
ええ、こんなところまでと思えるような場所まで、
抹茶の微粉が、飛んでいく。

「ほら、こんなとこまで抹茶が飛んでる」と、
いつも家内が緑色に色ずいたモップを見せる。

店部分からは、部屋一つ離れた廊下にまで、
風に運ばれて飛来する。

勿論、私の少なくなった髪の毛にも、
頭皮にも緑色のスプレーをしたように、
眉毛もマスカラ状態。

鏡を見て、異様な感じがする。

当然、私は抹茶を吸っているので、
鼻をかむと・・・あまり具体的でない方がいいでしょう。

抹茶は挽いた当日は、
まだ落ち着きのない状態なので、
あくる日以降のほうが飲むにはいい。

出来たてが全ていいとは、限らないのです。
それは、ほうじ茶も同じです。

熱をさまし、一晩おく。
その方が、おいしく飲んでいただける。

イベントに追われていたのが、
一段落し、12月にするイベントの参加確認も済む。

少し自分の仕事を見直す時間が出来た。

もう、あと一か月で今年も終わる。
次につながるような終わり方をしたい。

それにしても、抹茶の機械の音、
何ていっているんだろう?
「まだ、まだ、かかるで」とでもいっているのだろうか?
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擬音の発生源、石臼です
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こんな風に抹茶が出来てきます。
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ボクらの時代 伊勢谷友介×木村佳乃×フェルナンド・メイレス

2008/11/16 11:59
フジTV「ボクらの時代」に俳優・伊勢谷友介、
女優・木村佳乃
映画監督・フェルナンド・メイレスの3人が出演。
「ブラインドネス」という映画に出演した俳優二人と、
監督が映画を通じて、互いの思いを語り合う。

最新作「ブラインドネス」は、
全世界が盲目になっていくという、
パニックサスペンスムービーのようです。

「ブラインドネス」で、伊勢谷と木村は、
「スキヤキウエスタン」以来二度目の共演となる。

伊勢谷は、東京芸大在学中にモデルデビューし、
ニューヨーク大学で映像を勉強する。
その後、俳優への道を歩む。

木村佳乃も、大学在学中に女優デビュー、
ロンドンに生まれ、3歳で日本に、小学校を過ごし、
中学は、ニューヨークと各地を巡っている。

フェルナンド・メイレスは、ブラジル出身、
TV,CMディレクターを経て、映画監督となる。

「ブラインドネスブラインドネス」の原作者サラマーゴの本を読んだ、
フェルナンドは、即映画化を申し込んだが断られ、
後に、一本の電話を受け、その内容が「ブラインドネス」を撮らないかだった。

実に運命的なものを感じている。

この映画には、背景の設定がないという。
その点についての、木村と伊勢谷の反応は?

伊勢谷は、自身も監督経験があり、
究極にあるのは、映像をつくることなので、
フェルナンドの手法に興味を抱き、大いに勉強になったようだ。

木村は、自分の役の背景がないことに、
役名もないことに抵抗はなかったという。

伊勢谷は、自分でキャラクターの履歴を書いている。

フェルナンドがアメリカ人とイギリス人の俳優について、
興味深い話をする。

アメリカの俳優は、アクタースクールを出ており、
演じる上で背景を知りたがる、
イギリスの俳優は、外見からイメージを作るという。

伊勢谷は、自分はイギリスっぽいけど、
アメリカ的なところもある。
両方あっていいという。

木村は、イギリス的かなイメージを決めて入る、
イギリス生まれだからとおどける。

木村は、英語の習得にあたって大変な経験をしている。
アメリカにいたとき、最初は英語を喋れなかったが、
メイン州のキャンプに親に送り込まれ、
シャワーもトイレもないサバイバルな環境で、
英語漬けの毎日を送り、話せるようになったという。

伊勢谷は、フェルナンドを尊敬し憧れている。
フェルナンドは、いつも家族と一緒、
いい父、良き夫、映画に対する姿勢が素晴らしいと絶賛する。

映画を撮り終えると、
何かを社会に還元しようとする、
フェルナンドの考えに賛同する。

映画「ナイロビの橋」の完成後、
フェルナンドは、チャリティ団体を立ち上げている。

拝金主義で映画を取るべきでないという、
強い信念を示す伊勢谷。

自分も廃材を使い、
アーキテクトを制作している。

全ての人間が自然に責任があると考える伊勢谷、
そこがフェルナンドと共通する考え方である。

フェルナンドは、二人にいう。
「心をこめるのは、何をやっても大事」。

パッションを強く感じる3人であった。
自分をしっかりと持った、
人間としてどうあるべきかを、
それぞれの仕事で表そうとしている。

パッション、大切にしたいですね!




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音楽について 小林秀雄

2008/11/15 12:31
新潮12月号の特典付録に、小林秀雄の講演CD「響き」が付いており、
久し振りに小林の肉声を聴いた。そうしたら、別の講演CDがほしくなり、
本では読んでいた「信じることと考えること」と、
「音楽について」を早速購入し聴いてみる。

信じることと考えること」を改めて聴き、
特に柳田国男についての話と、
質疑応答に大変感銘をうける。

文字として記憶していた内容を、
小林の肉体を通して発せられる声を、
ダイレクトに受け、より印象深い感覚を持つ。

自分のいったことには、責任を持つという、
小林のスタンスが、全面に伝わる内容である。

考えるということは、自分が交わること、
考えるとは、つきあうこと。・・小林秀雄

同時、購入した「音楽について」は、
弦楽中心のCDと交響曲中心のCDの2枚からなっており、
選曲も素晴らしく、小林の解説の切り口もずばずばと、
核心にせまっており、楽しく聴くことが出来た。

音楽というものは、これは歴史をしょった、実に難解な一つの意味なんだよ。
音ではないんだよ、絶対に、意味なんだよ。ミーニングなんだよ。

そんなものを聴き分けるか聴きわけないか、
その人の教養にかかわることじゃないですか。

その人の歴史的教養にかかわることで、
ほかには何もかかわることはないです。・・「音楽について」小林秀雄より

この部分が私に深く入り込んできた。

「音楽について」は、音源がSPからとられ、
録音状態が必ずしも良いいとはいえないけれど、
十分にSPレコードの優しさを感じることが出来た。

楽曲だけを聴いても心癒されます。
秋の夜長の楽しみがまた一つ増える。


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「聞くこと」の大切さ

2008/11/14 09:31
最近、自分がリード役の会合で、
出来るだけ自分が発言するのを、最後にしようと努めているが、
まだまだ、ついつい先に喋ってしまうことが多い。

仲間の意見を聞くように、
訓練づけ、それが習性となるように、
心がけようと思っている。

新聞を読んでいて、「聞くこと」の大切さを、
訴えている記事に出会った。
書いているのは、天神社の宮司・中村 暢晃(のぶてる)さん。

十数年前に文化交流で、
たびたびフランスに行く機会のあった中村さん。
現地でパリ大学の先生と親しくなった。

会えば最後に「聞くこと」をテーマに語り合ったという。
その先生は大学で、
哲学的に「聞くこと」の大切さを教えていた。

記事にも書かれてあったが、
わたしも同感だと思ったのは、
主義主張のはっきりした欧米人に言われ、
随分考えさせられたという。

中村さんは、
戦後、欧米風の主張することを優先するあまり、
日本人の奥ゆかしさや謙譲の精神が薄めれている、
と危惧されている。

自分のことばかりに捉われないで、
相手の気持ちを推し量ることを忘れないようにとも、
中村さんはいわれている。

最後に一文を記事より引用します。
「それは、人間本来の最大のよろこびは人に理解され、
価値観を共有し感謝されてこそ生きがいを感じるということ。
それを導く原点は「聞くこと」にあると思います。
・・産経新聞・今朝の一言・人の心を読み解く力
天神社の宮司・中村 暢晃(のぶてる)より

人の話を聞くというのは、
簡単なようで結構難しい。

我慢しきれず、相手が気持ちを吐き出し終わる前に、
ついつい、自分の主張を展開してしまう。

私は、相手の方の話を聞くように意識している。
そうしないと、自分の都合を押しつけているときがある。

お願い事で地域の方と話す機会が多い。
一方的に自分の思いだけをぶつけていないか、
反省しきりです。

ちょっと間を作り、話をするようにしていこう。

自分の思いを理解していただいた時の快感は忘れられない。
「聞くこと」の大切さを胸に刻む。





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小林秀雄の「響き」

2008/11/13 10:36
「新潮」2008年12月号に、
茂木健一郎さんと白洲信哉さんの対談、
「批評の肉体性を聴く」が掲載され、
特別付録として小林秀雄の「響き」という、講演CDが付いている。
早速、私は購入し読むことにした。

白洲信哉さんによると、
おじいさんにあたる小林秀雄さんと茂木さんが、
「熱い人」つながりだと評している。

茂木さんは学者であって、学者らしくない、
小林は文士なんだけど、結構めちゃくちゃ、
その点がふたりとも人間的な秀才だと思うと、
白洲さんが書かれている。

白洲さんの意見に、私も全く同感。

以前、小林さんの講演CDを購入し聴いてみて、
文字によって伝わる感覚とは違い、
その人そのものをもっとダイレクトに感じた。

その点は、茂木さんに関しても同様の感想を持つ。
だから、勿論茂木さんの本は読むが、
最近では音声ファイルを聴くのも楽しみである。

小林さんは、結構照れ屋だそうで、
素面では人前で話が出来ないタイプと、
白洲さんが明かす。

白洲さんならではの、おじいさん「小林秀雄」にも、
触れているので、身近にいる人ならでの捉え方が、
興味深く読める。

音楽と同じように、声にも心地よい音というかリズムがある、
そう白洲さんがいうように、
TVでいろんなキャスターが登場するが、
心地よく感じるひとには、心地よい音というかリズムがある。

ナレーションでいうと「江守徹」のような。
NHKの三宅アナウンサーも聴き手を心地よくしてくれる。

小林さんの講演のまず素晴らしいところは、
やっぱり音楽として非常に魅力的なんです。
やっぱり、人間の発話というのは音楽だってことなんだな。
・・本文より茂木健一郎

人間の発話というのは音楽なんだと、
茂木さんが「すべては音楽から生まれる」でも触れているが、
小林のCDを聴くようになってなるほどと納得した。

白洲さんのいう、
「音だからね、とにかく人類の最初は、言葉じゃない。
人間も動物なんです」が、印象深く残る。

小林さんは、ある経験をした場合、
それが正しいか間違っているかを論じるのは全く意味がないと言っている。
・・本文より茂木健一郎

小林は、常にある一面だけを捉えて、
結論付けるのはどうかと、
疑問符を常になげかけているように思う。

茂木さんも、決して短絡的なものの見方をしないし、
判断もしない、そんなところが信頼できる。

特典の小林秀雄の講演CD「響き」を少し再生してみる。
久し振りの小林さんの声に、
秋の夜長、じっくりと聴くことにする。

画像
新潮社









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プロフェッショナル・トークスペッシャル Part8

2008/11/12 10:19
昨夜のNHKプロフェッショナル・トークスペッシャル Part8は、
見ごたえのある内容で、
改めて再確認させられることがある。

宮崎駿監督の映画に対する考えかた。
「人を楽しませようとしないといけない。
自我のために作っていては駄目」

私は商店街という小さな社会でくらしていて、
自分の店のことだけを考えずに、
全体として考えようとしている。

人は、楽しい人に、楽しい場所に集まる。
そう考えると、おのずとどう行動すべきかを考えるようになる。

そして普段の気づきは、
普段の生活の中にあり、
まさしく半径3メートル以内にあると感じる。

柳家小三治さんの落語「付き馬」には、
思わず笑ってしまった。

初めて小三治さんの落語を聞いたことになる。
私達夫婦も思わず小三治さんの世界に引き込まれた。

気持ちよく笑うことが出来た。
笑わせるのではなく、笑ってしまっている感覚は、
昨日、実体験した。

小三治さんの奇をてらわないということは、
地道に努力をしようということで、
ショートカット狙いでなく、積み重ねなんだと。

北島康介のコーチ平井伯昌さんの、
北島との距離感を適度におくという考え方に、
共感を覚えた。

人間関係において大変大事なファクターは、
「適度な距離感」だと、痛感する。

養老孟司さんも同様のことを言われていた。

しっかり見るべきとこは見る。
しかし、客観的に見るという隙間を脳の中においてやる。
それは、大切なことだと思う。

夫婦間でもそう、「距離感」は大事だと、
思えるようになってきた。

そして、いい結果が出たときにちゃんと反省をしておけば、
悪い結果が出たときに対応しやすくなる。

有頂天にならずにいい時こそ冷静に、
オーバーランしないように、
そう言われているように思う。

商売をしていて、
いい時はついつい深追いをしてしまいがち。
いい結果を、しっかりと分析し、
経験知として活かす、これからも心しよう。


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ものづくり日本大賞・特別賞受賞 国村次郎

2008/11/11 11:19
今朝の産経新聞に「現代の名工」に150人、
そのようなタイトルで記事があり、
板金工・国村次郎と書かれてあり、
NHKプロフェッショナルに出ていた人だと気づく。

国村さんは、新幹線の顔の部分を、
作り続け、その数は1300両になると、
今日の記事に書かれてある。

国村さんは、その功績が認められ、
「ものづくり日本大賞・特別賞受賞」を、
受賞されたそうです。

国村次郎さん、おめでとうございます。

2008年7月22日にNHKプロフェッショナルで放送され、
私も拙ブログに書きました。

自分の書いたものを読み返し、
ただ、ひたむきにハンマー片手に、
一枚の板に立ち向かう、国村さんの姿を思い出している。

まるい金属の板に、
「打ち出し」とよばれる手法で、
ハンマーをうちつけ、
やがてそれがお皿のような形になる。

その技術を会得するのは、
一にも二にも、
我慢し、根気よくハンマーを打ち続けるしかない。
・・拙ブログ7/23付「須磨寺ものがたり」に私はこう書いていました。

根気強く一つのことに打ち込む。
私には、到底国村さんの真似は出来ないが、
対象となることは違っても、
何かに立ち向かうときは、生きている限りあるもので、
そこを乗り切り、また継続していくことが大切と感じています。

国村さんの記事を読み、
自分のブログの内容を再度読んで、
何事も簡単に事は、運ばない、
普段の地道な努力の積み重ねと、
強く自分に言い聞かせている。

「第2回須磨かるた大会」を無事終え、
その余韻に浸っている場合ではない。

来年にどう繋げていくかが重要である。

年内にやるべきことが控えている。
いつものように、しっかりと準備し、
一つ、一つをこなしていこうと思う。





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何より嬉しいことです

2008/11/10 13:09
11月初旬にしては、前日の暖かさから一転し、
寒さを感じる日となった昨日。
須磨寺本坊にも、ストーブが用意され、
寒さとも闘いながら「第2回須磨かるた大会」が開かれた。

やっと、、「第2回須磨かるた大会」の当日までこぎつける。
そんな心境で臨んだが、のっけからアクシデント。
出場予定していた小学生4人が、
風邪のために、出場を辞退してきたと報告を受ける。

慌ててもしょうがない。
現場でなんとか選手の確保に走る。

運よく子供二人と、
たまたま「須磨かるた大会」を見に来られたかたが、
参加してもいいといってくださり、
事なきをえた。

どんなことが起こるかまさに偶有性を、
実体験したスタートである。

それでも、来賓の方をはじめ、
競技者16名を含め、
多くの見学者をいただき白熱した大会が始まる。

一回戦で残念ながら敗退した人、
準決勝まで進みながらおしくも敗れた人、
みなさんが注目するなか、
決勝戦が始まった。

ここまでほぼ予定通りの進行状況、
リード役の「須磨歴史倶楽部」のNさんも一息をつく。

今回は、かるたの読み手をNさんと、
準決勝では、須磨区長のMさんが務められ、
なかなか、堂々としたMさんの歌詠み、
聞かれた方々から、異口同音の讃辞が贈られる。

決勝戦は、まさに真剣勝負、
地元の女性同士の対決となった。

前年優勝者のTさんの、
二連覇がかかっている。

約30分後、Tさんが勝ち、
「第2回須磨かるた大会」のチャンピョンとなり、
二連覇を達成しました。

その時、会場からTさんに惜しみない拍手が送られる。

会場の取材に産経新聞の記者も駆けつけ、
早速、勝利者インタビューを行っていた。

「おめでとうTさん」、そして競技参加者の皆さんお疲れ様!
多くの見学をいただき、
当日配布した「須磨かるたのススメ」も、150部を超えた。

多くの人々に支えられ、
無事「第2回須磨かるた大会」を終えた。

須磨寺さんのご好意で、会場もお借りし、
寒いのを気遣ってくださり、
こちらがお願いしていないのに、
ストーブまで用意をしていただいくという配慮を受ける。

会が始まる前の準備段階で、
その光景にふれ感動してしまった。

何としても、今日一日乗りきらないといけない。
「最悪をシュミレーションできていれば、
その中間ぐらいを超えてればよしと考えよう」という、
茂木健一郎さんの言葉を思い出した。

楽観的に考えなければ物事進まない。
何とかプレッシャーにつぶされることなく、
最初の皆さんへのごあいさつから、
終わりのお見送りの際のお礼までやりきれた。

須磨寺の貫主小池さまは、
「お寺はひとがあつまってくれるのがいいのです、
関係者の方は準備で大変でしょうが、
また、来年お寺を使ってください」と、
労いのことばと励ましをいただいた。

来年「第3回須磨かるた大会」を、
開催できるように今日から気持ち切り替え、
スタートします。

第二回須磨かるた大会アンケート集計結果をみると、
大会に参加いただいての感想は、
1)とても楽しかった    37.9%
2)まあまあ楽しかった  48.3%
3)普通           10.3%
4)その他          3.4%
と、大変楽しんでいただけたのが、
何より嬉しいことです。

みなさん、本当にありがとうございました。


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いよいよ「第2回須磨かるた大会」スタート

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とり札を捜しています

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外からのかるた大会の光景

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子供も大健闘しました

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読み手のNさんも力がはいる

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緊迫する決勝戦

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優勝者の表彰式、新聞社の取材を受ける

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大本山須磨寺・小池貫主より御挨拶をいただく 
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ボクらの時代 地井武男×小野武彦×村井国夫

2008/11/09 09:43
俳優座養成所同期だった3人の男たち、
共に60歳を超え、
同じ時代を生きてきたものどおしの、
遠慮のないトークが楽しい。

フジTV「ボクらの時代」
地井武男・・俳優ドラマ「北の国から」などで活躍
小野武彦・・俳優ドラマ「おどる大捜査線」などで活躍
村井国夫・・俳優「エリザベート」で菊田一夫賞を受賞

まずは、もてたもてない話。
地井の楽屋に花束と果物をもった、
一見すると女のようなひとが現れた。
当時新人には珍しく、うらやましがられたが、
「お姉さんかと思ったらお兄さんだった」と一同大爆笑。

彼ら3人以外に花の15期生として、
太地喜和子、栗原小巻、竜崎勝、夏八気勲だど、
そうそうたるメンバーが揃っていた。

地井は、日活の裕次郎に憧れ、
小野も同じく、村井は演劇部出身、声もよく、
歌もうたっていたとちょっと自慢がはいる。

当時、すでに江守はいい役をやっていた。
代役で出た芝居で長ぜりふを朗々と語ったと、
エピソードを聞かせる。

江守のナレーションは、一番だと3人は頷く。

同期の7人で会社を作っていた時もあったらしい。

その中でのリーダーは、竜崎勝。
残念ながら既になくなっている。
竜崎の娘は、フジTV女子アナ「高島彩」であるという。
ただ、高島は父親像をしらないだろうと語る。

竜崎はみんなに慕われていたという。

それから地井、村井は映画会社に入った。
小野はそうではなく、仕事に恵まれなかった。
羨ましく二人を見ていたという。

ライバル?小野はそれぞれ違うと思っているからと、
さして気にしていない様子である。

噂?
そう男女の噂は、村井の独壇場のよう。
これは、よくマスコミでも知られている。

フィルムからビデオに変わって、
村井は、若手の感性のよさを評価する。

小野によると、ナチュラルなものをパワーに、
変えている、そう表現する。

3人3様に緊張していたが、
今の若い人はあまり緊張してないようだと語る。

子供のころから、自分が被写体となり、
ホームビデオで写され、
それを見てきているからじゃないかという。

「憧れのひと」
裕次郎というのは、地井。
小林桂樹をお手本とする小野。

それぞれ、「耳順」の年齢に達し、
これまでの生きざまが顔に出てくる年齢。

3人ともに、今も若々しく、
青年のハートをもちつずけ、
やんちゃな部分はなくなっていない。

同時代を生き抜いた3人ならではの、
忌憚のない話、
そんな話を語し合える今は幸せである。

いくら一時期巨万の富を得ようと、
「欲」につられ落ちていく人が、
最近話題になった。

決して金銭だけが、人生じゃない。
感動を忘れない生き方がいい。

笑顔の素晴らしさを、今朝も教えてもらった!







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こどもの頃の「仮想」

2008/11/08 10:24
今日の茂木健一郎さんの「クオリア日記」に、
脳と仮想」のまえがきにある「サンタクロース」の話が書かれてある。
サンタクロースは仮想の世界のものだが、
なんとも怪しい存在なのがミステリアスで楽しい。

先日、私達夫婦のアイドル5才児S君が、
いつものように勢い込んで弊店に入ってきた。

「おばちゃん、お出かけや。
もうすぐかえってくるは」と、伝えた。

聞こえているのかどうかは、
わからないが多分彼の脳の片隅には、
残っているだろうが、お絵かきに夢中であった。

今、S君の楽しみはかくれんぼ。
誰かを待って、弊店の隅っこの隠れ場所に陣取る。

しかし、その日は違った。
S君があまりにもお絵かきに夢中になり、
家内が返ってくる前に隠れるのを忘れてしまった。

立場逆転、家内に「ワァ!」と、
やられたものだから、
かっこがつかないS君は、振り向きもしない。
御機嫌斜めになってしまった。

「おばちゃん、お帰りは?」と、
お母さんに促されるが、S君は、反応しない。

帰り際に、いつもなら「また明日」「バイバイ」とか、
おばちゃんに行って帰るのに、黙っている。
S君には、予測不可能な「偶有性」に満ちた日となった。

お母さんに「そんなふうだと、サンタさんが来ないよ」と、言われ、
考えた挙句S君は、しぶしぶ後ろ向きで、
「バイバイ」と言って帰った。

サンタクロースの存在がなかったら、
どうなっていたのだろうか。

サンタクロースは、
S君にとってはかけがえのない存在であるが、
実在するものかどうかは不確かである。

「遊び心」がなくなると、感動できなくなる。
突然、大人になる人はいない。
私は、こどもの頃の「仮想」を、
思い出しニッコリしている。

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雨上がりの地面を踏む足音

2008/11/07 13:32
「雨があがったな」と、近所の方の声かけに、
「そうですね」と答える。
何の変哲もない会話だが、
ちょっと元気をもらった感じがするから不思議である。

弊店のウインドウを見て、
「いろいろやってるな」と、
ディスプレイされている「手拭い」を指さした。
「そうなんです、
いろいろやってみんとあかんと思いまして」と応える。

閉塞感を何とか打破したいと、
ウインドウを一新して一ヵ月になる。

「和」のテーストを大事にしながら、
お客さんに和んでもらいたいと考えた。
少し手応えらしきものが感じられる。

昨晩も、手拭を数枚お買い上げいただいた。
ちょっと、針仕事を加えてランチョンマットに使うと、
お客さんが楽しそうに話をしてくれました。

それを聞いていた私達夫婦も、
その光景を思い浮かべ、
にっこりとほほ笑んだ。

色んな発想が生まれて、
使っていただける。
お客様から教えられることは多い。

昼前にお寺に用事があって行いくと、
雨のしずくが、
綺麗に剪定されたお寺の木に光って見える。

いつ行っても、お寺の荘厳さに心癒される。
雨上がりの地面を踏む足音を、
ふと気にかけてみる。

非日常の世界を感じ、
リフレッシュできる。

がさつになっていた自分を、
お寺の空気が洗ってくれる。

お寺から帰り、しばらくしてお客さんが来店される。
「今日は、立冬なんですね、
秋が終わり冬に変わるんですね」と教えられる。

後で、カレンダーを確認すると、
確かに「立冬」と書いてある。

それにしては、今日は蒸し暑い。
しかし、明日は寒くなりそうなので、
体調管理に気をつけよう。

季節は、秋から冬へと変わっていく。
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タイムプレッシャー

2008/11/06 10:48
朝早くインターホンの「ピンポーン」の音。
こんな時間に誰だ?
ああ、たぶん運送屋さんだろうと、
家内が横手の戸を開け、まさに正解であった。

そんなスタートを切った一日。
抹茶を挽く予定だったので、
その準備をし、機械を動かす。

次にアポイントをとり、
大切や用件を一つ済ませ、
帰ってくると区役所の人から電話があったようだ。

とりあえず別件の電話を一本いれ、
年末に必要なものをオーダーする。
このあと年末の行事のレジメの作成。

今日の午前中というタイムプレッシャーをかけ、
テンポよくこなしていかないと、
仕事が前に進まない。

短期集中を心掛ける。
余分な時間がありすぎると、
緊張感にかけあまり結果良くないことが多い。

昨日の会合で、私は年末の行事と、
来年の春のイベントについて、
商店街役員のみんなに一緒に考えようと訴えた。

「一人の百歩より、百人の一歩」という言葉があります、
そういって一人、一つのアイディアを持ち寄ろうと提案する。

結果的には、年末まで時間があまりないが、
一つの行事をやろうとなった。

ここから時間との闘いだが、
そんなことをいっていられない。

やることがあるということは、
幸せなことだと思う。

何もやらない方が、楽なのはわかっている。
11/9の「須磨かるた大会」がすめば、
ほっと出来るはずだったが、
そうはいかなくなった。

いい考えはない?と問うて、
なかなかすぐに返事はないもの。

それでも、ある一人のメンバーの自信に満ちた、
結果報告を聞いて、少しずつ前進していると、
実感できた昨日の会合であった。

これから、考え続けることも大事なんだということ、
ひょんなことからアイディアが生まれるんだよ、
そう仲間に話すようにしていこう。

タイムプレッシャー、
年内のスケジュールを自らに課していこう。

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記憶に残る時間

2008/11/05 12:33
バイクの停まる音、
その音の方向をみると、
見かけた方がヘルメットを取り、
弊店に入ってこられた。

先日、地域の小学生が「須磨寺前商店街」にやってきて、
地域学習の一環として「お店に弟子入り」をしにきた、
そのお礼を述べられるために、
担当の先生が来られた。

前回、弊店に来られた時は、
あいにく私が不在であった。

商店街としての普段の取り組みと、
今後の課題を子どもたちに、
伝えたいと聞いている。

A4に簡単にまとめ、
先生にお渡しする。

先生は、大変恐縮され、
子どもたちにわかりやすいように、
伝えますと言われた。

子どもたちの訪問時の緊張感が、
店を出るときに笑顔に変わっていたのを、
先生は非常に感激しておられる。

先生によると、子供たちが学校に帰ってきて、
「いろんなこと、いっぱい教えてもえた」と、
興奮気味に話していたそうです。

そのことを聞いて私は、
真剣に子供たちに接し、
その時間が、子どもたちの記憶に残る時間と、
変わっていったのが大変嬉しい。

私にとっても、記憶に残る時間である。

夢をいっぱい膨らませて、
これから成長していく子供たち、
弊店「茶の森園」を選んでくれたことに感謝している。

前回のNHKプロフェッショナルに出た、
人工心臓開発の野尻知里さんのように、
「夢を忘れず、走り続けろ」と、子供たちにエールを送ろう。

先生が、子供たちがお礼の手紙をもって来るときは、
よろこんでお茶屋さんに来ると思いますと、
にっこりと微笑んでくれました。

進化続けるホープフルモスターたちよ、
また元気な顔を見せてくれ。

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無意識を意識化する

2008/11/04 10:24
いつものことで、自分がネガティブモードになりそうだと、
茂木健一郎さんの本を手元に引き寄せ、
自分を鼓舞するようにしている。

今朝の茂木健一郎さんの「クオリア日記」に、
脳を活かす勉強法」「脳を活かす仕事術」が、
あわせて100万部に達したと、書かれてあり、
再度「脳を活かす仕事術」を手に取ってみた。

今朝の一文。
ストレスに弱い人のほとんどは、
不確かなものに遭遇した時に、ネガティブな結果ばかりを想像しています。
しかしそこで「じゃあ、具体的にどう解決すればいいのか」を考えてみる。

最悪の事態をシュミレーション出来ていれば、
その中間程度のものは、「大したことがない」と思えてくるはずです。

ここで大切なのは、シュミレーションした内容を家族や友人に話してみたり、
文字として書いてみることです。

精神分析の分野でもよく使われるのですが、
これを「無意識を意識化する」といいます。
最も手っ取り早いのは、
言葉を与えられていない感情や出来事に名前をつけることです。
・・茂木健一郎「脳を活かす仕事術」
第6章 脳は「楽観主義」でちょうどいい・・より本文引用

今朝も、プレッシャーに弱い自分が、
頭をもたげ、私の脳を侵食しようとしていた。

何やらぶつぶつ言っている、自分と対峙した。

いい意味の開き直りをしていかないと、
物事は前に進まない。

結果ばかりを気にせずに、
次につなげることを考えよう。

へこんでいる場合か!と、
ネガティブ自分を叱咤した。

そう、口角を上げ、
笑顔で過ごそう!
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人生とは、「偶有性」にみちたもの

2008/11/03 09:20
“今日は、須磨寺前商店街です、
本日、すぐそこにある自治会館で、
「須磨百首かるた」をやっているところを、
見ていただけます”と、商店街を通る人たちに声をかける。

通りの路地を入った処に、
「須磨寺町自治会館」があり、
そこで昨日、「須磨かるた大会」のプレかるた大会をやり、
20名以上の参加をいただいた。

全く、須磨かるたを始めてみる御婦人もおられ、
まず「須磨歴史倶楽部」のN先生から、
今回、須磨寺前商店街が発行した小冊子を手にして、
みなさんへの説明があった。

とりあえず実践あるのみと、
ミニかるた会を早速はじめる。

見るだけに来ましたと、
いわれたご婦人も、いざやりだすと、
闘争本能に火がついたのか、
アグレッシブに闘っていた。

まず、一歩を踏み出され、
気持ちよくかるたの競技を終えられた。

お帰りのその方の顔を拝見すると、
それまでの不安が払しょくされ、
やって楽しかったの言葉を残して帰られた。

普段、感じることのないいい緊張感を、
みなさんと一緒に共有されたことは、
大変すばらしいことだと、私は感じています。

やろうと思ってきたわけではなかったが、
予測できない流れで競技をすることになった、
その女性。

人生とは、「偶有性」にみちたもの。

その方の脳には、やり終えたという満足感から、
ドーパミンがほとばしっていたことでしょう。

この、快感が脳に記憶され、
新たな挑戦という気力へと生まれ変わる。

是非とも、来週の11月9日(日)、
須磨寺本坊で開催される「第二回須磨かるた大会」に、
多くの方が参加されることを期待しております。

初めての緊張感と、終わった後の喜び、
感動を味わってください。

あとは、私は本番に向けてしっかりとした準備に入ります。
まずは、行動あるのみ、
結果は結果、また課題をクリアーしていけばいい。

いい時間をみなさんと持てることができました。
参加くださった方々にお礼も申し上げます、
「有難うございました」。

尚、11月9日(日)の「第二回須磨かるた大会」に、
競技参加される方、または見学されるかたには、
小冊子「須磨かるたのススメ」を差し上げます。

競技参加していただける方、大歓迎です。
決してむずかしくないので、
是非チャレンジしてみてください。
問合せ先・・078-735-0163NPO法人しゃらく 
       担当:須貝

「第二回須磨かるた大会」開催場所・・
須磨寺本坊 山陽電車「須磨寺駅」北へ約5分
画像

小冊子「須磨かるたのススメ」を大会当日配布します

「須磨かるた大会」、プレかるた大会の様子

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友人の阪井さん(着物の女性)が友達と一緒に来てくれました。
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かるた会が始まりました
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この方も今日初めて参加され、見事にかるたをとる
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近所の方が、見学に来てくれました
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ボクらの時代 金城武×トニー・レオン×ジョン・ウー

2008/11/02 10:03
アジア出身で、世界で活躍する男性俳優2人と、
一人の監督が、一つの作品で集まり、
アジアを、映画を語る。

フジTV「ボクらの時代」に、
五ヶ国語を操る俳優・金城武、
アジア人初カンヌ映画祭主演男優賞獲得のトニー・レオン、
「男たちの挽歌」シリーズでヒットを飛ばし、
舞台を香港から今や、ハイウッドを代表する監督になったジョン・ウー。

彼ら3人が東京で、映画への思いを語り合った。

金城、かねてから尊敬するジョン・ウー監督に、
日本で最初に会った時、
監督からどんなジャンルの映画に出たいとの問いに、
「コミック映画」と答えたらしい。

そこは、そばにいたマネジャーとしては、
「アクション映画だろう」との思いで、
思いっきり金城は、ヒザをつねられたと苦笑いする。

トニー・レオンとは、歌手での出会い。
アルバムのPRイベントで一緒になっている。

ジョン・ウーは、歌手だったことを知らなかったようだ。
金城の写真を見て、才能を感じたという。

トニーのジョンに対する第一印象は、
ハードボイルドで新たな男を演じられると感じていた。

ジョン・ウーは、トニーの役者魂に強く打たれた。
爆破シーンの撮影でガラスの破片がはいったまま、
撮影をやりきったのを、現場でみているから。

トニーとしては、その日で終わらせないという、
プロフェッショナルな感情でやったという。

金城は、15,6才の頃スカウトされ、
こずかいほしさに仕事につき、
アイドル歌手としてヒットし、
映画の世界を知る。

やろうと思ってやった役者ではないので、
役者としての基礎を勉強しようと考えた。

トニーは、俳優養成所で勉強、
もともと人前でしゃべるのが苦手な人間でも、
芝居ならぶつけられると、そう思ったという。

ジョン・ウーがちょっと面白い。
もともとクリスチャンで神学校にいたらしい。
仲間から芸術方面にいったほうがよいと助言があったそうだ。

映画理論を学んだ人は、当時少なく、
26歳で一二番目に若い監督であり、
自分は幸運だったと振り返る。

今現在は、ジョン・ウーは、ハリウッド、
アメリカでの生活。

アジアの映画、俳優が世界に影響をあたえていると、
金城は話す。

トニーは、西洋人のようにとは考えず、
アジア人としてのアイデンティティを大事にする。

金城はアジア人の中だと、
どこの国の人間とでもみんな自由に仕事ができるが、
西洋での芝居には疑問符をもつ。

アジアの映画、特に黒澤映画は、
ハリウッドでリメークされるなど影響をあたえていると、
トニーがいう。

ハリウッドでは、西洋のプロデューサーや監督は、
今でも、アジアへのイメージが、
古い時代のままが多いと、ジョン・ウー。

ジョン・ウーはアメリカの生活を満喫している。
仕事は仕事、オフは家庭サービスと、
はっきりとしているから過ごしやすいという。

3人が共に仕事したジョン・ウー監督「レッド・クリフ」は、
三国志をベースにしている。

金城はこの映画にはいるのに、
かなり資料を読みこんできたようだと、
ジョン・ウーが感心していた。

撮影は、大変だが終われば、
撮り終えたことを大変とは思わない、
そう感じトニーは自分の仕事を振り返る。

ドーパミンが、3人の脳を席巻したようだ。

二人の俳優が尊敬する監督と、
一つの作品を作り上げた。

互いに全力投入したことでの、
自信と誇りを発していたように思う。

アジア人としての誇りと、
垣根を越えて世界で仕事をする、
その困難さも、ポジティブに捉えている。

互いの信頼関係は、見ていて美しさを感じる。


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ホープフルモンスター アゲイン

2008/11/01 09:58
ホープフルモンスター アゲイン、
昨年に続き、弊店に元気印100%の小学生たちが、
私に弟子入りをしにきました。
内弟子ならぬ外弟子、
しかも一度に6人も弟子をとることになった。

「西須磨マイスターをさがせ」という、
地域の小学校の企画の一環です。

事前に商店街探訪で、
子どもたちがこの店に弟子入りしたいと、
自分たちで店を選んだようです。

私の店も弟子入りを要請されたので、
私も、マイスターとして認証されたということです。

私の母校神戸市立西須磨小学校の3年生が、
弊店の前に姿を現した。

リーダーらしき男の子の掛け声で、
「わ た し た ち は」と、
大きな声で訪問の目的を告げる。

互いの挨拶を終え、
子どもたちを店の中に迎え入れた。

小学生たちには、あらかじめこういおうと、
簡単なお膳立てだけをしておき、
後は、彼らの反応を見ながら、
私は、師匠として話を始める。

話をおえ店内を紹介する。
弊店にある機械、
お茶の焙煎機と抹茶を作る機械、
その二つのデモを見せる。

どちらにも興味津津。
彼らの真剣な眼差しを見ていると、
私も俄然やる気モード全開。

私の話を一通り聞いてもらい、
質疑応答に入る。

なかなかしっかりとした質問内容で、
事前にかなり練ってきたようです。

子どもたちの手の平には、
「カンペイ」らしき文字が、
ボールペンで書かれていた。

彼らも、苦労をしとると思いながら、
笑いをぐっとこらえ小学生の質問に答えた。

「おいしいお茶の入れ方を教えてください!」、
待ってましたと私は、
目の前で実演をする。

何故、お湯の温度が大事か、
少しづつ注ぎ分ける、
最後の一滴までしぼりきること、
それと、もう一つ。

一般的に、みなさんが使われるお茶の量が、
私が一回で使うお茶の量より少ないようです。
これは、私の経験知としてしっかりともっている。

そのことも伝え、二煎目も味わってと、
子どもたちに話した。

最後にみんなからお礼の言葉をもらい、
私からも来てくれたことにありがとうをいった。

勉強も遊びもどちらもがんばって、
何か好きになれることを、
持つことは大切と伝える。

そして、笑顔が大事だよと、付け加える。

帰り際に、子供たちは笑顔を見せてくれた。
私も、子供たちに話すことによって、
大変貴重な勉強をした。

私は、師匠として一時間ほどだが、
6人の弟子を持てた。

少しでも、お茶に興味を持ってくれて、
私の店を、私の仕事を見てもらえて、
素直に喜んでいます。

彼ら同様、私も進化するホープフルモンスターとして、輝いていこう。






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ほどほどを心掛けて

2008/10/31 09:49
最近、景気の動向がいかにも悪く、
金融不安が世界中を覆っている。
ハイリスク、ハイリターンの世界に、
振り回された格好である。

そもそも、なにで対価を得ようとするのかは、
個人の裁量だと思うが、
投資をすることに対する、
限度を慎重に考えた方がよいと思う。

全てを充てたり、
歯車が狂うことで大打撃を受けるようなことのないように、
ほどほどがよいのではないかと思う。

お金について、茂木健一郎さんが、
今週の読売ウイクリーで語っている。

「お金」は「幻想」と心得るべしとある。
もともとは紙切れであるものが、
時には生活の根幹すら左右する重大な価値を持つのは、
いわば人々の「共同幻想」ゆえ、万が一、「共同幻想」がなくなってしまえば、
お金はただの紙切れになる。
・・茂木健一郎・読売ウィークリーより

もう一文引用します。
お金の価値を支えているものは、
人々の「共同幻想」である。

お金という幻想は現代社会にとってかかせないものであるが、
その幻想にあまりにも囚われるぎると、
本人の生活のみならず社会全体を不安定にする。

「お金」という「幻想」とは、ほどほどに付き合うぐらいでちょうどよい。
・・茂木健一郎・読売ウィークリーより

我が家でも、最近の金融不安は毎日のように話題にのぼる。
全く影響がないわけではないが、
最小限度の影響ですむように、
リスクヘッジをしている。

最初っから、これ以上はやめておこうと、
慎重に構えてやってきた。

それでも、現在は投資分については、マイナスである。
ただ、全ての生活のリズムを根底から覆すものではない。

身の丈にあったように、地道にやる。
大儲けも出来ない代わりに、
今のところ大損もしていない。

まあ、これぐらいはしょうがないかと、
諦められる範囲である。

元来、臆病な私たちは、
ほどほどを心掛けて、
「投資」をするようにしている。



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思い出を描ける今は

2008/10/30 13:48
朝、店の開店準備をしていると、
手に手に画材を持った集団が、
須磨寺へと向かっていった。

様子から見ると中学生のようだ。
4クラスぐらいだったかな?
画用紙をとめる大きなバインダー、
肩にかけれるように紐がかかっている。

ここ須磨寺では、決して珍しい光景ではない。
気候がよくなり、写生に来る小中学生、
あるいは、趣味で絵を描きにくる人たちが
思い思いのスポットを見つけて座る。

絵を描く対象には、ことかかない。
お寺への坂道の途中やら、
お寺の中でもよく描かれる三重の塔が見える場所とか。

子供のころは、絵が得意でなかった私は、
隣に座る友達の出来栄えを気にしながら、
なかなか、絵筆が進まなかった。

まあ、それでもなんとか描き上げ、
学校に戻って行った。

その当時の心境としては、
とにかく遠足気分である。

学校にいなくて済むというのが、
なんとも心地よかった。

外に出て、友達とわいわいいいながら、
目的地へと向かう。

その時間の流れを楽しんでいた。

思いだした。
牛乳瓶に水をいれ、
絵の具のついた筆を洗ったなあ。

私にとっては退屈な授業だったが、
外の空気が気持ち良かったことは、
しっかりと思い出として残っている。

絵のうまい下手は、別として、
やるべきことをやる。

まあ、自分の望みどおりには、
なかなかいかないものというのを、
わかっていたかどうかは、別として、
自然と経験していくものです。

いろんな時間をへて、
耳順の年齢までこれた。

思い出を描ける今は、
幸せな時間といえる。

年内に、まだやるべきことが、
たくさん待ち構えている。

とりあえずは、直近に迫った「須磨かるた大会」への、
準備をしっかりとやっていこう。
出会う人ごとに、大会への参加を呼び掛けている。

これからも、しっかりと歩みを続け、
人生と対峙していこう。

まだまだ、これからだ!
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夢を忘れず、走り続けろ 人工心臓開発・野尻知里

2008/10/29 10:40
ウルトラポジティブ・ウーマン、
常に笑顔を絶やさず、
目標をみさだめ、ひたすら邁進する、
スーパー大和撫子がアメリカの地でがんばる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
人工心臓開発・野尻知里が登場した。

諦めない、夢は実現するためにある、
そんな思いを常に胸にいだき、
障害をスプリングボードに変えてしまうタフネス。

野尻はそういうアスリートともいえる存在である。

京都大学で医学を学び、
心臓外科医としてひたむきに働いたが、
どうしても救えない命を体験し、
医者の世界から、医療機器の世界へと、
39歳の時に転身し、自らの道を切り開いている過程にある。

現在は、アメリカのミシガン州に拠点を構え、
日本の医療機器メーカーの現地法人のCEOを務める。

12カ国以上、130名のスタッフの頂点にたつ。

野尻が取り組んでいるのが、人工心臓の開発。
ヨーロッパで日本では始めて人工心臓が認証を受け、
心臓病大国のアメリカでの認証に向けてのいばらの道を歩む。

朝は全員で食事、野尻自らセッティングする。
笑顔がある、スタッフの顔を見ながら、
会話の中で相手のコンディションをさりげなく感じ取る。

自ら「チアリーダーになりきる」、
自分にかかるプレッシャーをスタッフに伝播しない。

野尻が、プレッシャーを引き受ける。
そして、常に先頭に立ち仲間を勇気づける。

開発の途中では、中止の選択もあるよと言われる。
それは、すなわちやめろといっているのだという。

そういう、プレッシャーとの闘いで、
野尻はプレッシャーを押し返すしかないと、言い切る。

野尻は常にこころに刻むことがある。
「夢が人を動かす」、
私についてくるんじゃない、
私が見ている夢が実現できるからだという。

アメリカでは、臨床実験の機器を大学側が買い取る。
そのためにコスト意識もつよい。
だが、野尻はコストを下げず、デバイス(人工心臓機器)のパフォーマンスの、
優秀さをアピールする。

紆余曲折があり、
名門大学で臨床実験をやってもいいと、
メールがとどく。

「夢をあきらめない」、
「夢をかなえるのは、自分」、
野尻は、子供の頃からの負けん気と、
みずからひつこいという粘っこさで、
夢をひきよせる。

野尻は、パッションが大切という。
それをどこに見出すか。

パッションには受難という意味もある、
望みを実現するためにそれを乗り越えるのが情熱。

障害があればスプリングボードにすればいい。
本当に野尻は、スーパーポジティブウーマンである。

自らの手で道を閉ざすことをしない。
しつこく、諦めない。

野尻は、3年後にアメリカで人工心臓が認証される、
その夢の実現への道を歩んでいる。

立ち止まっているわけにはいかない、
そんな思いを胸にアグレッシブに前をむく。

私も、11月9日(日)に控えた「第2回須磨かるた大会」を、
内容のあるものにするために、
出来うる限りの準備をしておこう。

やはり、決めては「パッション」でしょう!











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記憶に残る日

2008/10/28 12:54
ご当地ものを何かやらないかと、
かねてより相談しあっていたのが、
今日、ようやく具体的な形としてデビューする。

考えてばかりじゃなく、
得た情報をアウトプットする。

行動を起こすことを、
旨として「神戸・須磨寺 智慧の飴」として、
みなさまに愛されるブランドにとの、
思いで販売に踏み切った。

今日の午前中に荷物がつき、
荷さばきを須磨寺前商店街の仲間のFさんとする。

今回、10店舗が参加をしていただいた。
早速、売れたお店もあるようで、
何かのきっかけになればと願っています。

天気のよい日なので、
「源氏物語1000年紀須磨・明石」ということで、
来街者の方も、多く訪れています。

11月を迎え、山なみは色づきはじめるでしょう。
移り行く季節を、感じていただき、
日頃のあわただしさから逃れ、
ゆったりとした時間を過ごされてはいかがでしょうか。

須磨寺への来街者の方との、
かけはしに「神戸・須磨寺 智慧の飴」が、
成長してくれればと、思いをはせる。

今日は、新たな一歩を踏み出す、
記憶に残る日となる。

画像
神戸・須磨寺 智慧の飴 新たな一歩

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こういう季節感を大切にしたい

2008/10/28 09:25
中国産の冷凍野菜による、
「食の安全」の問題とともに、
季節感とか「旬」というものに、
日本人が鈍感になっているという、
疑問符をかかげる記事を読んだ。

昨日の産経新聞の朝刊に、
{蛙の遠めがね}、
「日本人の季節感が危ない」
・・石井英夫氏・・
が、掲載されていた。

冷凍インゲンを例に引き、
本来「インゲン」の季節は、
夏なんだが、旬もヘチマもなく、
「無季節野菜」ばかりになっていると、
石井さんは、嘆いている。

その件に関しては、
私も全く同感です。

この間の「須磨寺楽市」での神戸市西区のみなさんが、
育て収穫した野菜が、
栽培者が販売するという安心感もあり、
大好評で持ち込んだ野菜はものの一時間もしないうちに完売した。

それだけ、みなさんが、
食の安全に敏感になっている証拠といえます。

季節を表す野菜をもとめて、
多くの人たちが群がった。

待ちに待っていた「葉っぱもの」、
その代表選手の「白菜」は、
即売り切れ、私は会場のチェックに目をとられ、
「白菜」を確保できず、家内にブーイングをくらった。

食の安全ということの話題で、
緑茶を販売していて、
お客様がなんでも「冷凍室にいれとけばいいでしょ?」と、
言われるのをよく耳にする。

長期保存を望んでいるのか、
品質の劣化を恐れているのかは計り知れないが、
常に私がお客様にお伝えするのは、
長期保存より、おいしく飲める期間内に、
飲みきるぐらいの量をお買い上げいただくようにしています。

特に、緑茶は乾燥状態を好みます。
これからの季節ですと、
特に缶に入れておけば、冷蔵庫の必要はありません。

そう申し上げるようにしております。

きめ細かく、買いだめをせずに、
出来るだけ使い切ることを前提に、
食材を買うのがいいと考えます。

今日も家内がいっていましたが、
TVで見た話として、
ゴミのなかに手つかずで捨てられたものが、
相当量あるといっていたという。

「旬」の食材を食べると長生きすると、
よく聞かされて育った私としては、
食材に限らず、花にしても花屋さんにいくと、
季節の先取りものが多く見られ、
一体、今はどの季節なのと感覚がマヒしてしまう。

昨日の記事の最後には、
ふと道端の花に目をやり、
雲の流れや、風の音に関心をしめす。

過ぎゆく季節の巡りに心をときめかす、
そんな心のゆとりを取り戻してみたいと書かれてあった。

「鰯雲人に告ぐべきことならず」(加藤楸邨)
今日晴れたら、黙って茜色に染まった秋の夕空を見上げてみよう。
・・産経新聞 石井英夫氏の記事より

そうですね、肌寒さを感じだすと、
白菜が恋しく感じ、
「鍋」をかこんでとなる。

こういう季節感を大切にしたい。


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人生を質入れするようなもの

2008/10/27 13:14
茂木健一郎さんの、
クオリア日記の音声ファイル、
「他人と接して生きる実感を得る」の中で、
南直哉(じきさい)さんのお話が、
ユニークで面白いものだった。

人生を何らかの目的のために規定する、
そのことを「人生を質入れする」と、
南直哉(じきさい)さんがいわれたとある。

これをやったら幸せになれる、
この本が百万部売れたら幸せになれるとか、
ある特定の目的のために、
時間を費やし、そのことによる報酬をえることを、
南さんは、「人生を質入れするようなもの」と、
表現されたと聞いた。

実に的確な表現だと感じた。。

ある特定の目的には、
生きるということは、
回収されにくいという。

生きることは、苦しみ、悩み、
浮き沈みがあり、まじゃく(きめ細やかでない)にあわないものだと、
茂木さんが語られている。